こんにちは。
皆さん、体調は大丈夫でしょうか?せぼね研究室も先週くらいから新型コロナウィルスの影響で来院される方が少し減っている状態です。
地下鉄で来られる方が多いので、仕方ありませんね。せぼね研究室に高齢の患者さんは、ほとんど、おられませんが、周囲に高齢者がいらっしゃる方は心配になりますものね。
今日は、先日、ふと、感じた事がありましたので、それを書かせていただきます。
少し前に3.11がありました。もちろん、東北震災の日です。
毎年、私もこの日が来ると心を痛め、被災され命を落とした人々の事を思い、弔っていたつもりでした。
今回、新型コロナウィルスが蔓延してきている過程で、ふと、福島で原発事故にあった方々の心象が体感をもって少しばかり理解できた感覚を持ちました。目に見えない「悪」が迫ってくる怖さ。もちろん、放射能とウィルスは全く別のものであり、的外れな意見かも知れません。
コロナウィルスにより、既に亡くなった方もおり、悠長な事をいうつもりはありませんが、現在の状況により、私自身に内在する「他人事」という感覚が薄まる機会になればと感じました。私自身、正直、これまで「3.11」に対して、過去にあった「戦争」に対して、そういう感覚があった事は否めないと感じているからです。(皆さんはどうでしょうか?)
事実、これまで、福島はじめ、震災被災者の気持ちは十分に汲まれていないような気がしていました。その証拠に、今だ、そういった方々の住居や環境面に十分な補償がなされないまま、原発が再稼動されたり、オリンピック機運がどんどん高まってきていた。
要は、人は「当事者」になって初めて分かる事があるのではないでしょうか。今回の出来事(=コロナ禍)は日本中、ほとんど皆、当事者の状態です。
今回のウィルスとの闘いは、後世にかけてもずっと言及されていく類のものでしょうが、自分が今、生きていたからこそ感じている事(=恐怖感や焦燥感)を、しっかりと記憶しておき、体験した者だけが分かる事、言える事を整理しておこうと思っています。
今日は、取り留めの無い話になりまして申し訳ありません。一日も早く、ウィルスが収束されることを心から願います。
とにかく、自分で行う事のできる予防策・免疫強化策、医療業として他人へのアドバイスなど、コツコツした作業の積み重ねが大切になってくると感じています。
お互い、自棄にならず、出来ることからやっていきましょう。必要以上に暗くならず、ゆっくりお風呂にでも入って、その後、軽く体操でもして免疫を上げていきましょうね。